【人は口ぐせから老化する】

 

 老化は言葉からはじまります。「もう若くない」「年だから」「疲れた」という口ぐせがありませんか?もし、あったとしたら要注意です。「もう若くない」という言葉を真っ先に聞くのは、脳です。すると脳は、聞こえた言葉に合わせて、頭や身体を変えていこうとします。言葉が老けると、心や肉体の”老化時計”が一気に進んでしまうのです。
 逆に、「若くなる口ぐせ」を使うと脳や意識の状態がプラスに変わります。若さを維持させようと脳が自動的に働くため、本人も気づかないうちに、自然に若くなる行動をとるようになるのです。いま注目の成長ホルモン「サイトカイン10」が出るような行動を自然にとるようになるため、心身ともに若返り、さらに若くなる口ぐせを発する状態になります。これが「老けない人の好循環」です。

 私たちの身体は、信じている結果を自ら作り出すようにできています。そのいい例が「プラセーボ効果」です。たとえ偽薬であっても、鎮痛効果があると信じていると、その結果を自らつくりだすようにできているのです。しかも、単に痛みを止めるだけでなく、脳内に、モルヒネによく似た構造を持つ化学物質、鎮痛作用のあるホルモンを合成して、自分自身の力で痛みを止めるのです。逆の例もあります。「酒をのむと鎮痛剤が効かない」と信じている人は、本物のモルヒネを飲んでも効きません。身体が鎮痛効果を打ち消しているのです。
 このような偽薬効果のある脳内ホルモンが次々と発見され、現在までに30種類ほどが知られています。代表的なものが、ベータエンドルフィンという物質で、楽しいときや幸福感に満たされているときに分泌され、脳の活性化や免疫力向上といった、若さを維持する働きがあることが報告されています。一方、グルココルチコイドと呼ばれる脳内ホルモンは、不安や強度のストレスが与えられたときに生成され、私たちの体を蝕んで老化を進めていきます。
 こうした各種の脳内ホルモンの分泌によって体内の生化学反応が左右され、人間の心や身体が変わっていくということが、脳性理学の発達によって分かってきました。人間の脳は、自分が信じた結果が実現するように、自らさまざまな物質を作っているのです。

 人間の脳は、信じていることを実現させるように働くことが分かったのですが、そもそも「信じている」とはどういうことかというと、「口に出していること」こそが「信じていること」なのです。人間の言語機能の発達から考えると、言葉が生まれたのが先であり、その言葉によって「意識」が生まれたのです。言語のもともとの目的はコミュニケーションだったかもしれませんが、それを口にすることで、その言葉の意味が脳に記憶されていきます。そして、記憶と照らし合わせながら、言葉を繰り返していくうちに、言語の組み合わせができていき、それが意識の元になったのです。ですから、言葉に出している内容というのは、その人が考えていることに他なりません。意識は言葉によってつくられ、言葉に出したことでさらに意識が確固たるものになっていくという循環があるのです。
 言うまでもなく、優しい言葉を使っているときは、誰しも優しい表情になります。それは、優しい言葉によって、意識が優しいものになったからです。そして重要なのは、そうした言葉が口ぐせという習慣になって5年、10年と定着していくと、意識もまた定着していくということです。優しい言葉をよく使う人は表情が柔和になっていきます。厳しい言葉ばかり使う人が見るからに頑固な顔をしているのは、誰しも思い当たることでしょう。
               
 生物としての人間には、古い脳と新しい脳という二種類の脳があります。古い脳というのは、生物が二十数億年かけて進化して作り上げてきた自律神経系といわれるもので、周囲の環境に適応しながら、快適な生命活動ができるように、さまざまな生化学反応を管理して、呼吸や体温、心拍数などを調整する働きを持っています。これに対して、新しい脳というのは大脳を指していますが、大脳の持つ「意志」の力をもってしても、自律神経系を自由に動かすことはできません。
 しかし、大脳の持つ「意識」は、自律神経に大きな影響を与えています。もし心配事があれば、それが引き金になって、アドレナリンというホルモンが分泌されます。それが毛細血管を縮小させ、顔は青ざめ、手足が冷えてきます。消化器系の毛細血管の血流も減ってしまうため、消化・吸収の力が落ち、食欲が低下するという結果となります。
 逆に楽しいことが目前に迫れば、ドーパミンのような脳内ホルモンが分泌され、血液の循環や代謝がよくなり、心はうきうきして、身体もみずみずしくなるでしょう。このように、心が身体に影響を及ぼしていることは明らかですが、重要なポイントが一つあります。それは、自律神経系は事実と想像を区別できないということです。現実に楽しいことが起きていなくても、楽しいことをリアルに想像するだけで、自律神経系は身体をリラックスさせ、若々しくのびのびとした気分にさせてくれます。たとえ今の時点では事実ではなくても、「自分は若い」「年をとっても美しい」という意識を持つことで、自律神経は身体をプラスの方向に持っていってくれるのです。

 「若くなる口ぐせ」といっても、自分に対してポジティブな言葉を発しておしまい、というわけではありません。他人に対して使う言葉をポジティブにすることも、また重要なことなのです。例えば、目の前にいる人に向かって「○○さん、本当に若いですね。魅力的ですね」ということは、大きな意味があります。相手がうれしいだけでなく、言った自分にもいい影響が返ってきます。脳のメカニズムから考えると、当たり前のことなのです。
 海馬からもたらされた情報は、大脳の側坐核という場所を刺激して、何か行動を起こさせるための命令を送ります。それを受けて、自律神経が体温や心拍数などの調整をするという順序になるのですが、海馬から側坐核に情報が移行するときに、人称がなくなるのです。「私が若々しい」というのも、「○○さんが若々しい」というのも、同じ「若々しい」という情報として側坐核を刺激するのです。たとえ他人のことであっても、悲しい話をすれば悲しくなりますし、楽しい話をすれば楽しくなります。
 意識が信念となって固まると、それを実現しようとする力が私たちの体内で働きます。その役割を担っているのが、RAS(網様体賦活系)と呼ばれる神経系です。RASはその人の意識を実現させようとして、いつもアンテナを張り、その意識にかなう必要な情報を集めてくる一方で、不必要な情報はシャットアウトするという、自動センサーのような働きをもっています。意識の変化がRASを動かし、必要な情報を集めることによって、行動に駆り立てるわけです。ですから、自分がやりたいことを積極的に言葉に出していると、「気がついたら行動に移していた」ということになるのです。

 言葉が意識を変えて、意識が行動を変えるという論理が分かれば、あとは実際にいい口ぐせを実践するだけですが、それが簡単なように見えて、一筋縄ではいきません。口ぐせはその人の習慣と密接に結びついているからです。単に新しい習慣を取り入れるだけならば難しくないのですが、古い習慣を断ち切って新しい習慣に変えるには、大きな決心と意識改革が必要となってきます。特に、気づかない古い習慣を断ち切るのは、容易ではありません。
 それを克服していい口ぐせを実践するには、二つのアプローチがあります。一つは、対話習慣を変える方法で、ワンステップずつ言語の新しい習慣を取り入れるものです。音楽を一小節ずつ頭や身体にたたき込んで、最後には無意識のうちに弾けるようにするのと同じように、使いたい言葉を、日常の中で何度も繰り返すことによって、自分の語彙としていき、いい語彙をたくさん使うことで、言語習慣を変えていきます。
 もう一つは、ネガティブな口ぐせをリストアップする方法で、「いまさらそんなこと言っても」「もう年だから」といった否定的な口ぐせを探し出して、それを使わないようにします。そうした口ぐせはなかなか自分では分からないので、家族や親しい友人に聞いてみることをお勧めします。自分にも意外な口ぐせがあったことが分かることでしょう。

 ネガティブなイメージのある口ぐせも、ちょっとした工夫でプラスに転化することができます。意識的にポジティブな言葉に言い換えてみるのです。「もう若くない」という口ぐせも、
50歳、60歳を過ぎると、使う人が増えてきます。でも、周囲を見渡せば、自分より十歳以上も上なのに、元気でやっている人はいくらでもいます。それならば、「もう若くない」ではなく「まだ若いから」と言うべきでしょう。「もう若くない」を使う裏には、どうも斜に構えた変なプライドが隠れていて、「本心じゃないけどね」と思っているかもしれませんが、それをいったん口に出してしまうと、RASや自律神経は、あなたの心や身体を、「もう若くない」ように変える働きをします。
 この口ぐせの言い換えで大切なのは、どう言い換えるかを自分自身で考えた方がいいということです。なぜなら、自分で考えたものには、必ず決心がともなうからです。口ぐせでもう一つ重要なことは、自分自身で納得できる論拠をもつことです。「加齢イコール老化ではない」「脳のニューロンはいくつになっても増える」「年をとっても海馬の脳細胞は増える」など、ある程度知識を持って口に出せば、きちんと意識となり、確信となります。誰かの考えを受け身の立場で取り入れるのではなく、自分から積極的に考えて実践することが、古い習慣を断ち、新しい習慣を確立する力になるのです。
                                
 ポジティブな口ぐせを定着させたければ、心や身体を「快」の状態におくことも大切です。家の中でじっとしていて暗い気分でいるのに、ポジティブで明るい言葉を使えというのは無理な注文です。心と身体は常に連動しているものです。快の状態をつくるのにお勧めなのが、ちょっとしたウォーキングです。
 歩き始めて15分ほどすると、爽快感をもたらすベータエンドルフィンが分泌されはじめます。マラソンやジョギングをしている人が、走ることに爽快感や恍惚感を抱く、いわゆる「ランナーズハイ」と呼ばれる現象がありますが、その理由はこのベータエンドルフィンだと言われています。これは、歩いているときにも分泌され、爽やかな気分にさせてくれます。
 歩き始めて20〜25分ほどたつと、今度はドーパミンが分泌されます。ドーパミンには「希望のホルモン」という別名があることからもわかるように、うきうきとした明るい気分になり、夢や希望が湧いてきます。
 歩いていれば、こうしたベータエンドルフィンやドーパミンが脳内を潤していくのですから、物事を肯定的に見られるようになることは間違いありません。そうした脳内環境をつくることが、いい口ぐせや習慣を確立するための大切な要素なのです。ですから、いい言葉が出てこない、いい口ぐせが身につかないという人は、まず歩いてみるのが一番です。
 ウオーキングの最大の目的は筋肉をつくることではありません。プラスの効果をもつ脳内ホルモンをたっぷりと分泌させて脳を活性化することにあるので、そのためには、ウォーキングは一人に限ります。話し相手がいないからこそ、いろいろな考えが出てきたり、思いつきがあったりするのです。毎朝、30分なり1時間のウォーキングは、脳を活性化させる小さな一人旅だと考えてください。ウォーキングの効果をアップさせるコツは、周囲の風景を楽しみながら歩くことです。

 最近になって、歩くことの意義をさらに裏付ける発見がありました。サイトカイン10という物質の発見で、サイトカイン10の大きな働きは筋肉をつくることにあり、人間の成長に関わる物質で、一種の成長ホルモンといえます。成長ホルモンというと、若い世代に分泌されるものと考えがちですが、このサイトカイン10は、年齢に関係なく、一定の運動をすることによって出てくるのです。ホルモンですから、血液中に入って全身を駆けめぐり、脳や臓器の働きをメンテナンスすることで活性化させ、身体全体を若々しくしてくれます。
 サイトカイン10は早足で歩けば10分ほどで分泌が始まると言われています。血液中にたっぷりとサイトカイン10が放出されて、脳や臓器を活性化するには、最低でも30分ほどは歩く必要があります。そうすると、血液中にサイトカイン10が数時間残り、目に見えて若返り効果をもたらしてくれます。
 もう一つサイトカイン6というホルモンがあります。サイトカイン10が成長をつかさどるホルモンとすれば、サイトカイン6は衰退をつかさどるホルモンといえます。この二つのうち、どちらのホルモンが主役として働いているかによって、成長しているか、衰退しているかが決まります。その中間の状態はありません。適度な運動をしてサイトカイン10が十分に出ていれば、筋肉は成長しますが、運動量が中途半端で、サイトカイン10が十分に誘発されないと、筋肉がやせて老化を引き起こす原因となります。

 老化というのは、精神の病です。老化は心がつくりだすものであって、加齢とは全く異なります。「年をとった」「もう若くない」と思ったときから、老化がはじまります。健康や若さというのは、その人の考え方次第です。若いと思っていれば若くあり、年をとったと思えばすぐに年をとってしまいます。しかも単なる思い込みにとどまらず、肉体的にも明らかに違いが出てきます。
 「年のせいで忘れっぽくなる」というのも間違いです。若かったとき、そんなに記憶力が優れていたかというと、決してそうではありません。英単語を一生懸命覚えても、翌日にはすっかり忘れていたのではないかと思います。記憶力のメカニズムは、「年をとったら忘れっぽくなる」という性質のものではないのです。なぜものを忘れるかというと、その理由は簡単で、使わなくなったからです。
 それなのに、日本の社会全体が「年をとったら記憶力が悪くなる」と思わせてしまっているのです。ちょっとものを思い出せないでいると、「ほら、年なんだから」と茶々を入れられたり、自分でも「ああ、年をとったなあ」と思ってしまうのです。そうした悪い口ぐせを使い、みんなで寄ってたかって、お互いを年寄りにしてしまっているのです。

 「忘れる」ということを気にする必要はありません。物忘れは人間に与えられたすばらしい能力であり、「忘れ上手」こそが、若く生きるためのキーワードです。というのも、人生には忘れた方がいいことがたくさんあるからです。
 これからやりたいことがたくさんある人は、過去のことなどをいつまでも引きずってはいられません。悪いことはもちろん、よかったことも忘れていかなくてはなりません。いろいろなことをやるのですから、いちいち過去のことにこだわっている暇などないのです。一方、過去のことをなかなか忘れられない人は、これからのものが発見できません。過去にこだわっていたら、前は見えなくなってきます。特に、悲しさやつらさというのは、自分の未来にとってブレーキに働いてしまいます。

            佐藤富雄「人は”口ぐせ”から老化する」(青春出版社)より   文責:圓山