病院の沿革このページを印刷する - 病院の沿革

昭和20年9月
元大阪第一陸軍病院(堺市金岡市)が、駐在軍の接収により現在地(旧陸軍幼年学校跡)に移転しました。

昭和20年12月
厚生省に移管され、国立大阪病院となりました。その後国立大阪病院は大阪市内(現在の中央区法円坂町)へ移転し、この地に国立大阪病院長野分院として存続しました。
 
昭和32年10月
国立河内長野病院として独立。
 
昭和40年4月
診療圏(大阪府南部、和歌山県紀北部、及び奈良県南西部)の中核的総合病院としての性格付けと医療内容の充実に伴い、名称を国立大阪南病院と改め現在に至っています。
 
平成12年3月
医療内容の高度化に対応するため、全面更新新整備が認められ着工となり、一部(西館)が平成12年3月に完成しました。
 
平成14年2月
看護学校の大型化(国立療養所近畿中央病院附属看護学校と統合)により、鉄筋4階建て校舎が、近畿ブロックの「免疫異常」の基幹施設として指定を受け「免疫疾患医療研修センター」も完成しました。
 
平成14年10月
全面更新整備の東館(8F、B1F)が完成しました。
 
平成16年3月
外来診療部門、医事・薬剤部門、管理部門が完成。
 
平成16年4月
独立行政法人へ以降、「独立行政法人国立病院機構 大阪南医療センター」と名称を変更。
 
平成17年2月
外溝工事の植栽および駐車場整備が終了し、全体工事が完了。