National Sanatorium Kikuchi Keifuen
旧 火 葬 場 跡
大正9年、所内桧山の一角に火葬場が新設され、入所者自身の手によって同僚入所者が茶毘に付されました
ゲートボール場
ゲートボール場は園の北東部分に位置し、全部で5面整備されており、地域との交流の場となっています
恵 楓 会 館
入所者の文化祭行事や自治会の啓発活動等、様々な用途に使用されています
と ん ぼ の 里
この付近の池と溝には5種類のトンボが生息しており、特に「コフキヒメイトトンボ」は、日本で恵楓園が生息の北限であろうと言われています
旧 監 禁 室
大正5年に療養所長に入所者への懲罰を認める懲戒検束権が付与され、大正6年に監禁室が建設され規則に違反した者を収容しました
コンクリート塀
昭和4年、入所者の脱走防止のため、療養所の北側と西側に長いコンクリート塀が構築されました
納 骨 堂
旧納骨堂に代わり昭和51年に入所者の寄付で建立。現在1200柱を超える遺骨が安置されています
旧 納 骨 堂
昭和14年、全国宗教団体の寄付で建立された半地下式で昭和51年まで使用されました
旧礼拝堂記念鐘楼
この地には153畳敷きの大広間を持つ礼拝堂がありましたが、平成3年の台風による倒壊後の平成8年に跡地に鐘楼が建立されました
恵楓園分校跡
園内に当初より寺子屋式の児童学校があり、檜小学校、九療学園、恵楓学園、恵楓園分校と変遷し、昭和51年の閉校まで新制中学生168人が卒業しました。跡地は「いこいの丘公園」として現在整備されています
隔 離 門 跡
隔離の完全実施を目的として昭和4年に建設され、現在も園の北側の一部に残っているコンクリート塀と既に撤去された西側コンクリート塀で患者の居住区を囲み、この碑のある門だけが唯一外界に通じる出入口であった
社会交流会館
社会交流会館は平成18年12月に旧事務本館を改修してオープンしました。目的はハンセン病への偏見・差別に対する啓発及びハンセン病の歴史や資料を紹介し、社会交流を促進しようというものです
日光回転家屋
以前、熊本市龍田の回春病院にあったもので、黙想や患者の相談事などに使用され、床下には5つの車輪があり建物自体を回転させることができます