星塚敬愛園は全国に13ある国立ハンセン病療養所の一つで、昭和10年10月28日に開設されました。当時若手の代議士で、後に鹿屋市長になる永田良吉氏が誘致運動をして開設されました。園名は、地名の星塚原と、西郷隆盛が好んだ「敬天愛人」からとったものです。
敬愛園の敷地は約37万uで、日本の国土のちょうど百万分の一です。入園者数は昭和18年が最多で1347名でしたが、現在は217名です(平成22年12月現在)。平均年齢は80歳を超え、平均在園期間は約50年と、長期間この園で暮らしてきた高齢のかたがたが中心です。
入園者は全員、ハンセン病は治癒しており、一般社会のみなさんと一緒に生活しても病気がうつることはありません。しかし、入園者の多くはハンセン病の後遺症としての身体障害を持っています。一般舎で普通の生活を送っている人達もいますが、看護・介護を受けながら生活する人、あるいは高齢に伴う病気のために病棟生活をする入園者も増えています。
平成8年に「らい予防法」が廃止されてから、施設を出て社会に復帰することが自由となっています。平成14年度には退所者給与金支給制度が始まりましたが、実際に社会復帰を果たした入所者は限られており、敬愛園を終のすみかと定めている方々がほとんどです。
そこで我々は、敬愛園で暮らしながら社会の人々と垣根のないおつきあいが出来ることを希望しています。敬愛園の場合、鹿屋市や鹿児島市のゲートボール協会の暖かいご理解と協力があって、入園者のチームは園外での試合に出場し、昭和50年代には全国制覇を果たすまでに発展しました。このような交流が他の分野にも広がり「施設ごとの社会復帰」が実現できることを念願しております。
どうか、気軽に敬愛園におこしください。敬愛園の近くには「かのや
ばら園」があり、吾平山上陵、神川大滝など隠れた観光スポットもあります。観光ドライブのついでに敬愛園を訪れてみてください。お待ちしております。
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