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コラム (以前の記事はこちら No.1~32)
指宿 菜の花 通信No.33
「田舎医者の流儀(5)・・・御節介やき」
「地域医療の崩壊」と言われだして10年近くなる、事態は改善の兆候を認めない。平成16年に新臨床研修医制度が発足し、地方から大都会の病院、大学病院から市中病院への若手医師のシフトが起こった。平成16年、鹿児島県の初期臨床研修医は104名、鹿児島大学病院は85名であったが、平成21年はそれぞれ54名と22名に激減した。この制度を作った厚生省とそれを支えた大都会、大病院の先生方の目論見は大成功だったのかも知れない。
そのしわ寄せは地方の病院に顕著に現れた。鹿児島県の場合、医師派遣機能を持つのは大学病院のみである。その大学病院の若手医師が激減し、地方の基幹病院への医師派遣が出来なくなった。鹿児島県北部の市立病院は37名いた医師が平成23年には16名になり、当院は22名から14名まで減ってしまった。その他の地方の基幹病院は一部の例外を除き、診療機能を維持できないところまで減った。大隅半島の某医師会病院は標欠の危機(基準の医師数がないと病床を維持できない)に追い込まれている。
地域の医療を支えてきた開業医も厳しくなってきた。大隅半島南の町では元々2軒あった開業医が閉院し、6~7年前にある医師が開業したがこれも昨年閉院、今は週数回の昼間外来の診療所があるのみである。「現地懇談会」で、4人の子育てをしているお母さんが「夜になって子供の具合が悪くなり、鹿屋まで1時間かけて受診をしないといけない、近くに医師がいると安心して、子育てが出来るのに」と話していた。今は地方の中核的病院の医師不足が問題になっているが、現実はもっと深刻で、地域医療を支えた開業医制度の崩壊が起こりつつある。人口減で「後継者」がいても、そこでの医業が成り立たなくなり廃院に至っているケースが目立ってきている。
鹿児島市は医師数、医療機関ともに多いが、基幹的病院の数、整備が十分ではない。鹿児島市には400~500床以上の病院は大学病院と市立病院しかない、隣の熊本県は400~500床以上の高機能病院が6つもある。鹿児島市の公的病院は日赤病院120床、済生会病院70床、逓信病院50床と小規模である。研修医が鹿児島から出て行った遠因として、基幹病院が育っていなかった事もある。
10、20年先を考え、鹿児島の地域医療をどう構築していくのか、誰かが絵柄を描かないといけない。この年齢になった我々世代が後輩に何を残すのか、あえて御節介をやこうと思っている。
平成24年5月16日
国立病院機構 指宿病院総合内科医師 中村 一彦