第1回健康講座このページを印刷する - 第1回健康講座

第1回健康講座

○ 講 師: 国立療養所青野原病院院長 西岡 文三
○ 演 題: 『便に血が混じる時』
○ 日 時: 平成11年8月19日(木) 14:00~15:30
○ 場 所: 病院内理学療法室・訓練棟内


肛門からの出血のことを『下血』と言いますが、コールタールのような便や黒い便が出る場合は主として胃や十二指腸から出血であり、これを狭い意味での『下血』といいます。これに対して大腸や肛門からの出血は赤い血であり、これを『血便』と分けて言われています(表1)。血便をきたす病気には主に大腸(結腸と直腸のことを大腸といいます)の癌と痔があります。大腸癌はご承知のとおり、大変こわい病気ですし、一方、痔は誰にでもあるあまり恐くない病気です。しかし、大腸癌からの血便を痔からの出血だと思ってほっておいて、手後れになってしまたと言うことはよくありますので注意を

(表1) 肛門からの出血=下血
下血:
黒い血(上部消化管からの出血)
●タール便
●黒い便
●潜血陽性便
血便:
赤い血(大腸・肛門からの出血)
●潜血の混じった血便
●便と血液の混在
●便に筋状の血液
●排便後ポトポト
●紙に付着する程度
まず、大腸癌ににならないために、また、なっても大腸癌で死なない方法をお教えします。日本人には胃癌が多く、大腸癌はアメリカ人やヨーロッパ人に比べて少ないと言われてきました。これは肉食、脂っこい食事とくにコレステロールに関係しています。

国別の脂肪消費量と大腸癌の発生率をみると日本人はアメリカ、ニュージーランド、ヨーロッパに比べて、格好悪いほど、脂肪の消費量が少なく、したがって、大腸癌も少なかったです。しかし、日本人の食生活がだんだん欧米風になってきたことから、胃癌が少なくなり、そのかわり大腸癌がだんだん増えてきました。いまでは大腸癌は胃癌より多くなり、2015年には結腸癌、直腸癌をあわせると、男子では肺癌の次に多く、女子では乳癌の次に多い癌となります。

大腸癌にならないためにはこの表のように脂肪の多いものを避け、繊維の多い食事をとることです。また、牛乳、チーズを多く摂る国には大腸癌が少ないことから牛乳、チーズは良いといわれています。


(表2) 結腸・直腸癌の危険因子
増加因子
減少因子
高脂肪食 高繊維食(米・パン・芋類)
低繊維食 低脂肪食
豚肉・加工肉・白麦パン 緑黄色野菜・白菜
低血清コレステロール(?) 良質蛋白質(牛乳・チーズ・牛肉・魚類)
ビール(直腸癌) 非ステロイド系抗炎症剤
和食食品(直腸癌:女性) 運動・喫煙

大腸癌のほとんどはポリープから出来ると言われています。この段階ではまだ癌にはなってはいません。ポリープがだんだん大きくなって、直径2cm以上になると癌になっていることが多いといわれています。このようなポリープの時に見つかるとたとえポリープの一部がもうすでに大腸癌になっていても内視鏡で簡単取りのぞいて、完全に治りますし、直腸癌でも人工肛門にならなくてもすむ訳です。癌になる前ならなおさら簡単に摘出でき、しかも100%なおります。ですから、ポリープの間に見つけることが大切です。
大腸癌の症状を見てみましょう。表3は大腸癌の初診時の症状ですがやはり下血が一番多くなっています。その他腹痛、下痢、便秘、腫瘤などすべて癌がかなり進んでしまった症状です。血便には目に見える血便もありますが、潜血といって検便ではじめてわかる血便もありますが、大腸ポリープでも1cmより大きくなるとほとんど潜血がプラスであります。

(表3) 大腸進行癌患者105例の初診時の主訴
症 状
例 数
下 血
57
54.3
腹 痛
33
31.4
下 痢
22
21.0
便 秘
21
20.0
腫 瘤
14
13.3
便柱細小化
8
7.6
腹部膨満感
6
5.7
貧 血
5
4.8
体重減少
4
3.8
食欲不振
3
2.9
全身倦怠
2
1.9

以上から、脂っこい食事はできるだけ避け、毎日便に血が混じっていないかをよく観察することが大切です。そして血が混じっていなくても年に2回は検便を受けることが必要です。もし、血便があったとしたらすぐにを医者さんに診てもらうことです。そうすればもし、ポリープの間に処置できたり、大腸癌になったとしても早く見つかり簡単な処置で済み、しかも大腸癌で死ぬことはありません。

つぎに痔についてお話します。痔には『いぼ痔』、『切れ痔』と『痔ろう』がありますが、今日はそのうち最も多い『いぼ痔』についてお話します。いぼ痔は医学的には『内痔核』といいます。内痔核は肛門周囲の粘膜下の静脈がふくれて静脈瘤になったものであります。成人の8割以上の人に大なり小なりの痔核があります。

 図5は肛門にある静脈をあらわしていますが、上痔静脈が腫れてきたのが内痔核です。便秘になると痔になりやすいといわれていますが、便秘になると、排便の時、お腹に力をいれて、きばります、そして肛門は便を出そうとして開けます。そうすると腹圧が高くなり、お腹のなかの静脈の圧も高まり、お腹の中の静脈内の血液が上痔静脈から、開いた肛門の静脈にどっと流れ込んでこの静脈が風船のように膨れてしまうのです。いったん膨れた静脈はもうなかなか縮みません。このようになったのがイボ痔です。

そして、いったん膨れた静脈は排便の度に肛門から押し出されて肛門から外へ出てきます。肛門の外に出ていないものを第1度内痔核、排便のたびに肛門の外に出てくるが自然と肛門内に戻るものを第2度、外に出てきて手で入れなければ戻らない者うを第3度、肛門外に出てしまって戻らないものを第4度、または脱肛といいます。第1度の内痔核には普通痛みはありません。排便の時わずかに出血し紙に付く程度です。第2度、第3度になりますと、ボトボトと出血しますし、脱出している間は不快感、痛みを訴えます。しかし肛門内に収まっていると痛みも無く出血も止まります。第4度になると腫れが強くなり、痛みも強く、常に出血し、下着も汚れます。

治療ですが、よく座薬(肛門内に入れて使う薬を座薬といいます)を使います。座薬のなかには痛み止め、腫れ止め、止血剤が入っています。しかし、よく考えて下さい。痛くて、腫れて、出血している痔核は脱出しているものだけです。そんな痔に肛門のなかに入れる座薬は実はあまり意味がないのです。それでも少しは効くようですが、これは座薬には蝋のような滑りやすくする成分が入っているから便が出やすくなって少しはよくなるのです。

内痔核を確実になおすにはやはり正しい手術を受けることです。昔は痔の手術は大変痛いものだと言われてきました。しかし、最近の手術は手術中は勿論痛くはありませんが、手術後もあまり痛みません。1週間はどの入院ですみます。切らずに治す『凝固療法』などがありますが確実に治すためには、腹腔から肛門へ連がっている上痔静脈を遮断して腫れてしまった静脈瘤を取る手術がもっとも近道と考えます。

初めに話しました大腸癌のこともありますので、肛門からの出血には常に気を配っていただきたいと思います。肛門をお医者さんに見せるのが恥ずかしくてなかなか病院に行かず、やっと、病院に来られたときは手後れの直腸癌であったと言う患者さんをよく見かけます。今日この話をお聞きになった皆さんにはこう言うことが絶対に無いことを祈りつつ私の話をおわります。